【ファミリーヒストリー】お義母さんの復習①

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こんにちわ。ろみい(@RomieRomie5)です。
 
わたしには、4人のお義母さんがいます。
 
びっくりしないでくださいね。本当のことですから...
 
その中で一番近い関係のお義母さんは2番目のお義母さんで、主人の母にあたる方です。彼女は、強烈な性格と長年、香港人の周りの人からも言われてきて、自分とは違う意見を持つ人を周りの人たちを寄せつけない人でした。
波乱万丈な人生でしたが、今は、老人ホームに入っていて穏やかに暮らしています。
 
 時に人生の中では、どうしようもないことが起こってきます。
避けられない時代の流れで...運命が大きく変わってしまった中国の方たち。
お義母さんにとっても、同じでした。
 
主人お義弟さんとお義兄さんと、そして、お義母さんと飲茶に行って来ました。
 
この日は、すでに集まって美味しい食事をしながら3時間ぐらい居座って、いろんなものを食べたのですがここに集まっていたのには、大きな訳がありました。
 
この日のお義母さんは、不機嫌で仕方ありません。男3人(息子たち)を前にして、始終悪態をついていました。息子を奪ったという憎き嫁であったわたしには、この頃には随分と心を開いてくれるようになり、この日もわたしの言うことは耳を傾けていてくれたのですが...

お義母さんの知らない間に行われたある計画が気に入らなかったのでした。

この話を始めるのに・・・
随分 昔のことまでさかのぼらなくてはいけません。
 
なぜならば、一人の人間が一生会う事はないと思っていた人に会うことになったからです。

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香港の時代背景

国共内戦に勝利した中国共産党によって、1949年に中華人民共和国が成立
その成立後すぐから、旧国民党、富裕層などによる反共・反政府運動が起こり、大衆を巻き込んで反政府勢力を押さえつけました。1953年までに71万人の処刑、129万人を逮捕、123万人を束縛、240万人の武装勢力を消滅させたということ。このことを背景に、多くの人たちが共産化を恐れて香港へ逃げてきました。その数1年間に30万人以上が香港へ逃げてきたと言います。
 
お義母さんの両親も銀行家でした。このことを多く話したがりませんが...お義母さんの両親は束縛された後に亡くなられています。もしかしたら...処刑されたのかもしれません。

香港へ来たお嬢様と船乗りだった男

 1950年代の中国内地から鉄道を乗り継ぎ、香港という土地にやってきた 銀行家のお嬢様育ちであった一人の女性。両親は富裕層であったため捕らえられ、残された姉妹で必死で香港に逃げてきたということです。
 
まだ、10代の初めに親から離れ(家出をし)、世界各地を船に乗って旅をしていたという男性が香港に立ち寄りました。この全く背景が違う二人が...
この多くの人たちが逃げて来たという香港で恋に落ちました

 家族ができる

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時代の波に流され、たくさんの人が流れ込んでくるこの香港の誰もかれもが、
ただがむしゃらに働いていて、生きるのに必死だったこの時代。
恋に落ちた2人は、この香港の地で結婚をしました
 
つまり、主人のお父さんとお母さんです。
 
でもね!
 
男性には、妻子(3人の息子)がいたにもかかわらず
その家族と別にこの女性と一緒になりました(第2婦人となりました)。

その新しい夫婦に何年か後に生まれた男の子(主人)は、
夫婦にかわいがられて育っていきましたが
物心ついた頃から、両親の喧嘩が絶えなかったそうで...
両親がいがみ合っていた記憶しかあまりないと...
それが子供時代だったな~と今も語ります。

そんな彼が今でも覚えている暖かい家族としての思いでは
両親の手を握りながら行ったフェスティバルきらきら
これが家族でのいい最後の思い出となっていると言います。

両親の喧嘩を横目にしながらも
彼は、たくさんの友達に恵まれて、毎日外で日が暮れるまで遊んでいました。
 

時には、ひどくなっていく両親の喧嘩の仲介に入り、お母さんをかばったために熱された鉄の棒で胸を押され大やけどを負うこともありました。その時に受けた父からの傷が

未だに残っています(やけどの跡です)。

夫婦の関係は、もう終わりだと思われるぐらい日々の喧嘩が続きました
そんな家庭だから、父親は、時々どこに行ったか分からなくなり
数日帰ってこない日もあったそう...

そして、母もいつも何かに怒っていたと...
 

明るいニュース

そんな中、母親のお腹の中に新しい命が宿っているということが
壊れかけた家族に明るいニュースとして流れました。

母親は、”これがきっかけになって、何かが変わるかもしれないと...
もう一度やり直せるかもしれない。”とかすかな希望を胸に抱き、
お腹の中の子の出産を待ち望んだそうです。

しかし、父親は、この妻が妊娠中も相変わらずの生活、態度だったけど
この夫婦の間に生まれた第2子を心から喜びました(弟)

純粋にこの第2子を思う気持ちとともに
この子が生まれたその年に この父親のビジネスが大きく成功を治め
今まで決して楽ではなかった生活に余裕が出来て
この子は、福を運んでくれる子だとこの子をとても大切にしたそうです。

が...子供(達)をかわいがる気持ちは、本物だったにしても
夫婦の間に出来てしまった亀裂は、
そう簡単に修復することが出来ませんでした

子供が生まれたと思ったのもつかの間...
この父親に新しい女性がいることが発覚したのです。。

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2人は、この日から一緒に住むの止め、
上の男の子は10歳、下の男の子が3歳になってすぐに
この母親は、意を決して家を飛び出しました。

その後、彼女の生活は、夫からくる精神的苦痛からは
多少は、解放されたような気がしたけれど
現実に襲ってくる女一人で2人の子供を育てていくことは、
生半可なことじゃなく、本当に大変だったと...言います。

続く..

 

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ろみい